2010年03月27日

Smile Small! 56

形は何も変わらない。
しかし内部でそっと、変わったものもある。

子供の姿に変わってしまったのは、この壁を突き破るためだったのかもしれない。今思えば、たまったものではないが。
子供は大人のように、曖昧さを抱えたままでは生きられない。傷つくことが分かっているなら、見ないふりをして真実から目を背けてしまえる大人ではない。
それと――――できるなら、甘やかされたかったのだろうか。
それが許されるなら、直球で聞いてみたかったのだ。

単純な嫉妬から始まった数日は、一応はハッピーエンドで幕を閉じたけれど、全てがめでたしめでたしで終わったわけではない。
土方を取り巻く真撰組の連中にまだ嫉妬もしているし、忘れられない傷をまた少し、開いてしまった。
今だそれを高杉は鼻で笑って吹き飛ばしてしまうことはできない。
けれど、それでもいいのだ。あの真撰組屯所で感じたものがただの郷愁であれば、そのうちに収まるだろう。
そうでなかったら、また自分は変わるのだろう――――変化は決して、悪ではないのだから。


高杉が気付いて見上げれば、人波に押し流されてもう賽銭箱の前まで来ていた。この人ごみだ、とてもではないが正式に参拝している余裕はない。
土方は柏手を打って一寸頤を引くと、その透けるような目蓋を伏せた。それに倣いながら、高杉は並んだその横顔を眺める。
何を願えばいいのだろうか。願い事がわかるようにという願い事は、もう昨日叶ってしまった。
さて、それでは礼でも言った方がいいだろうか。

そう思っているうちに、ほうと紅い唇から息を吐いて、青年は顔を上げた。妙にすっきりとした顔だった。

「…やけに真剣だったな。何を祈ったんだ?」
「教えねェ」

賽銭箱の横にそれながら、手首を握って尋ねると土方は目を細めて笑った。
それから一寸遠くを見るような、懐かしむような顔をして。

「…自分で叶えるから、叶えてもらわなくていいんだ」

呟く口唇が酷く楽しそうで――――そうか、としか高杉は返事が出来ない。
ただの誓みたいなものだと言う男の目に、出会ったときの鬼火はないけれど、その代わりににじむような星明かりが仄暗い瞳孔の宇宙の中に住んでいる。

「お前はどうなんだよ」
「…お前が言わねェのに、俺だけ教えるのは不公平だろうが」

高杉は唇の端をつり上げて肩をすくめた。

きっと同じなのだろう。土方も高杉も、きっと望むものは、不確定な――――それでも求めてやまない未来、それ一つ切りなのだ。

それをそのまま告げるのには、思うよりずっと長い時間が必要だろう。



しかし、このとき彼らを互いにその時間の存在を――――未来を、信じたのだ。



Smile Small! 了
posted by 数納海弥@脱線中 at 00:20| Comment(0) | Smile Small ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

Smile Small! 55

――――その日、騒々しい元日が過ぎた一月二日の晩は、前日の雪が収まり夜空が酷く明るく見えた。

常ならばネオンばかりが反射して薄い橙色に染まるかぶき町の空も、今夜は星がさざめくほの暗く静かな闇に覆われている。
かたわら、マフラーにうずめた頬が白い。道の端に昨日降った雪はもう残っていない。
高杉は黙って、傍らを歩く青年の手を握った。
土方はちらりと高杉を見やっただけで、何も言わなかった。

将軍参拝があの攘夷浪士の乱入で中止になった後、土方がいないのをいいことに真撰組の連中は将軍をつれてキャバクラになだれ込んだらしい。それだけでも本当にこれが警察で大丈夫なのかと疑いたくなるような、いい加減な連中ではあるが、そこに松平が参加してしまったというから、もう止められる人間などいない。
土方がやけに心配されて先に返されたのは、そのためだったのだろう。

将軍警護が急きょなくなってしまったというわけで、ぽっかりと空いた時間に土方と連れ立って、高杉は宵の口、かぶき町をたどることにした。
元日が過ぎてまだ新年も二日目、相変わらずこじんまりとした神社に押し寄せる人は多かった。
昨日攘夷志士によるテロ未遂があったというのに、件の神社には人波が押し寄せている。あれは将軍を狙ったものだから、自分達は大丈夫という理屈なのだろう。たくましいというのか、それとも平和ぼけしているというべきか。
以前は反吐が出るかと思った光景も、いつの間にか自然に受けとめられている自分がいるということに、時折高杉は心底吃驚するのだ。
この身に抱く憎しみは消えるものではない。

高杉は何を壊しても壊されても討幕を果たそうとするだろうし、それに対していくらでも犠牲を払う覚悟はしている。そのためには悪魔だろうが天人だろうが魂を売ってでも――――最後にはその悪魔どもの喉笛を食いちぎってやるくらいの気分でいる。

けれど、幾ら何かを壊しても、焼け野が原になったその最後の場所に、立っていて欲しいと思える人がいる。

たったそれだけの違いでも、それを今までの高杉ならば許容できなかっただろうけれど。

人が多いおかげで眼帯に変えただけだというのに、高杉には誰もまだ気づいていない。賽銭箱に続く道は混み合っていて、とてもではないか他人の顔を見まわしている余裕はなさそうであった。
だから男二人が連れ立っていっても、手をつないでいても、誰も気にはしないのだ。
指先はお互い冷たいのに、触れている部分はほのかに暖かい。
じわりと肌に触れる温度を自覚するたびに、胸の底ににじむものがある。

曖昧なラインを乗り越え、お互いが大事に抱いた軟らかく仄暗い内側に踏み込んでも、結局何も変わらない。
少なくともこれから自分たちのあり方が急激に変わるわけではないだろう。
高杉はこれからも土方の私宅をそっと訪れる。土方はそれをきっと受け入れて、高杉の偏食に手ぶちぶち言いながらもつまみを作ってくれるだろう。
くだらない話をして、酒を注いで注ぎ返して、そのままきっと、互いの熱が欲しくなる。
posted by 数納海弥@脱線中 at 23:24| Comment(0) | Smile Small ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

Smile Small! 54

あんな雑魚に土方を殺られるくらいなら、どうかこの手で殺してやりたかった。
そうすればこの男が自分のものになるなどとは思わない。それでも納得することはできる。この想いを抱えたまま、生きていく覚悟もできる。
いつかはなくなる形などに、どれだけの意味があるのだろうか。
戸籍に記される紙きれの上の関係など要らない。それだけ己のことを考えていたという、その心が欲しいのだ。

「そんなこと考えんなら、好きだって言えよ」

好きでなくともいい。甘ったるい言葉でなくても、たとえ憎んでいると言われても、良い。
その言葉を生みだした想いを、ただ信じていくから。

口をつぐんだ土方は、しばらく目を伏せて――――それから恨みがましげに視線を上げる。
握ったつま先に、返る力があった。
傍から見たらおかしな光景だ。大人が子供に打ちすえられ、恫喝まかいに言いつのられている。
それでも子供だからこそ、恥も外部もなく土方に高杉はねだることが出来たのかもしれない。

じんわりとうす紅く男の眼元に朱が昇るのを、高杉は瞬きもせず見つめていた。
しばらく視線を漂わせた青年は、頤を持ち上げて、それから高杉の耳に紅い口唇を近づけた。

軟らかくも拙い吐息が、鼓膜を引っ掻いて脳を甘く痺れさせる。

土方の声が孕んだ熱が移ってしまったかのように、カッと朱の昇った貌を押し隠すようにして、間近に迫った唇に、高杉は噛みつくように飛びついていた――――




翌朝――――目が覚めたと同時に高杉が見たものは、明け方の寒さに耐えかねて丸まっている土方と、その体を抱き締めている自分の節のある手だった。

ぼんやりとまだ眠気に犯された目で何度か瞬きをして、それからようやく高杉は事態を理解する。
細い細いとは言っても、土方は大の大人だ。鍛えているからそこそこ身体つきも骨っぽいし、しっかりとしている。それがまるで胎児のように丸まっているというのに、子供の高杉が抱きかかえられるはずがないのだ。

つまりは高杉の体は、完全に元に戻っていたのである。

道理で目が痛いと思ったものだ。子供用に調整してた眼帯がすっかりと顔に食い込んでいた。
慌てて布団を跳ね飛ばし、手足を確認した高杉は全身を歓喜に震わせてて――――最後にこっそり脚の間を確認して、それから安堵に肩を落としたのだった。

忌々しい低身長も声変わり前の高い声も、何もかもからおさらば出来たというわけだ。こんなに喜ばしいことはない。
喜びのあまり、ここがまだトン所だということをうっかり失念して、ごそごそと隣で丸まっていた土方にちょっかいを出して張り倒されるくらいには浮かれたものである。


その後はとりあえず土方の着流しを着せられて、まだ夜の明けきっていない寒空の下を一人で私宅に帰らされたのだが。

posted by 数納海弥@脱線中 at 22:31| Comment(0) | Smile Small ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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